夢はどこに






「鈴木?」

「鈴木?」

さっきから死々若が鈴木を探しているが、見つからない。
台所も、部屋も、研究室も、居間も。
家の中は探し尽くしたつもりなので、死々若は庭に出てみることにした。

夏の日差しがまぶしかった。
空はこんなにも透き通っているのに、死々若の心は曇っていた。

何故、こんなにも不安になるのだろうか。

鈴木はいつも側に居て、小さくなった自分を肩や頭に乗せてくれる。
夕焼けの中ではキスをくれて、夜は抱きしめて眠ってくれる。
死々若に黙ってどこかへ行ってしまう事はまずないのだ。

そうだ。
いつもと違うんだ。

「鈴木?鈴木?」

鈴木の植えたとうもろこし畑の中を進む。
隣は魔界の毒キノコだが、このとうもろこしは大丈夫だろうか。
時に変な心配をしながら進む。

そうだ。
この先は確か花がいっぱい咲いていた。
そこに居るかもしれない。

頬が葉っぱで擦れるが、気にしないで進んで行った。





「うふふ」
「いやぁ、良い天気で平和だなぁ」

信じられない光景だった。

「鈴木さんって、意外と甘えん坊さんなのね〜」
「まぁね、可愛い女の子には膝枕くらいしてもらいたいよ」
「寝心地悪くないですか?」
「柔らかくていい気持ちだ!」

ウソだ。




ウソだ。





違う、あれは鈴木じゃない。

だって、鈴木はオレを…





気付くと死々若は走っていた。
あてもなく、幻海の土地を走り回る。
足場の悪い岩山も、深くて暗い森も抜けて、もぅどこだか分らなかった。

死々若は虚無感に襲われていた。

あいつを失いたくない。
でも、鈴木のあの顔、表情。

花畑で膝枕なんて、死々若は絶対しなかった。
一度、せがまれたことがあったが、「女々しい」と言い捨て、倒れこんでくる鈴木を無視して立ちあがった。
あんなに喜ぶのなら、膝くらい貸してやれば良かったのだ。





「愛しているよ」




ウソだ。





死々若の目には涙が浮かんでいた。
本当に憎いのなら、樹里など切ってしまえば良かったのだ。
でも、できなかった。

鈴木の幸せそうな顔を見ていたら、自分が悪い者のような気がしたのだ。
過去の記憶が蘇る。

「人殺し」

「弱い奴」

「一人で何ができる」


「うるさい、うるさい、うるさい!」

跳ね除けようとしながらも、死々若は動けなかった。





「若?」

「…え?」

目が覚めると、自室の布団に居た。
鈴木も居た。
死々若は汗びっしょりで、鈴木の腕に抱かれていた。

「どうしたの?悪夢でも見たんだろ。こんなに汗をかいてしまって…美しい顔が歪んでいたぞ?」

死々若は何も言えなかった。

「着替え、持ってくるな」

そう言って立ち上がろうとする鈴木の腕を引っ張るのがやっとだった。

「ん?」

「…行くな…」

それだけ言うと、死々若は鈴木の首に腕をまわし、体重をあずけた。

「わかった」

鈴木も死々若の体を抱いた。
ふと、死々若が外を見やると、朝焼けがまぶしかった。

END
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なんか、若様がヤンデレになってしまったわ。
この「Dove sogno」(夢はどこに)は、モーツァルトの有名なオペラ、「フィガロの結婚」に出て来る伯爵夫人の歌です。
夫の裏切りを悲観しながら、かつての楽しかった思い出を語るこの歌は、長くて退屈だと言う人も居ますが、私は好きです。
曲名をタイトルにし、内容を時々その曲に沿ったものにしていきたいなぁと思っています。